楽になる片付け

自分を大切にするためのお片付け、手伝います。

いつか終わりがくるから愛おしい

今週のお題「お花見」


先日、夫と山北町の桜を見ました。

二人の時間が全然合わないので高速道路代1000円かけて、束の間の夜さんぽ。

御殿場線沿いにひたすら桜並木が続きライトアップされていました。

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桜の花びらがちらちらと

もう散り始めていますね。

 

時が経つのは、なんて早いのでしょう。

花の色は移ろいにけりないたづらに……。

 

あっという間に今年も4分の1が終了しているではないですか。

 

今日は次女とONE OK ROCKのライブにいきますが明後日から学校がはじまります。

なんというギャップ。

 

今日で春休みが終わると思うと、春休みが愛おしい。

 

私もいつの日が死んじゃうと思うと、生きている今が愛おしい。

大変なこともあるけど、結局、今が愛おしい!

 

折角生まれてこれたのだから、

どうせならやりたいことやって楽しもう。

 

Don't be afraid to dive

Be afraid that you didn't try

ONE OK ROCK Wasted Nights より引用

です。

 

やるかやらないかは

キミシダイ列車←ONE OK ROCKの曲名f:id:tidyup:20230404165814j:image

探しものしてる時間とかもったいないね!?

I don’t wanna waste a night

片付けで悩んでいたらご相談ください(*^^*)。

 

棚を増やせば片付けられる?

 

棚は空間フル活用が難しい。

ついつい棚を作る義父。

(片付け途中で撮影したため、私が追加で置いた掃除道具等も含まれています)
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これはリモコンを置くための棚?

 

私が緑の蛍光ペンで塗ったところの空間、もったいないわ。

 

棚は猫の毛もかかるし、床面積が狭くなるし、これが無くてもしまう場所あるし……

ということで、さよならしました。。

 

これね、義父が入院してなかったら、きっと困難だったはず。

自分の作品≒自分(のプライド?) みたいなところがあるから。

「自分でやるからいいよ」と言って、手伝わせてくれる訳がない。

 

だけど「自分でできる範囲を超えている」のが私には分かる。

 

自分で片付けようとしてすることが、棚を作ったり、段ボール箱に入れて積むことだったり……片付けを学ぼうとしていない義父が、この物量で、病んだ身体の状態で自分で片付けられるわけがないのですよ。

 

今回、手を付けられたのは義母が「この機会にやる! やらなければ!」と切実に感じたから。

 

やる気スイッチオンが作動しやすい時とは?

 

なぜ義母がそう感じたかと言うと、義父は今後、訪問看護や訪問介護の人にお世話になりそうと義母が想像したから。

訪ねて来たスタッフさんに嫌な思いをさせたくない。申し訳なさすぎる。

八方塞がりな部屋で介護なんてできない。

メインの介護者は妻である自分になりそうだけど、義母はハウスダストアレルギーなので今の義父の部屋には入れない、入りたくない。

義母もこれから手術をする身で、いつどうなるかわからない。

「そう考えると今やるしかないから、お父さんが入院している間に片付けるからね! 大事そうな写真や書類は触らないけど、ゴミみたいのは捨てるからね! 」と宣言を義母から義父にしたのでした。

 

ということで私が片付けていると、最初は「もーいいよ フミちゃん。後は自分でやらせればいいわ。ベッドの配置を変えてくれただけで十分感謝」なんて義母は言っていましたが、義母も参戦するうちにどんどん変わりました。(笑)

 

「こんなに(ひどい)とは思わなかった」

と義母連発。

私はこんなだと思っていましたよ。(笑)

 

ホコリの凄さに、今までは「これは取っておいてあげよう」だったのが「全く〜 、もう捨てちゃえ、要らない要らない。」に変わっていきました。

 

病院で義父と面会し「また汚くしたら、別々で暮らそう」とまで話したようです。

 

義母も今まで無視していたことを、自分も悪いと私に話していました。

 

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介護が迫ってきたときは、片付けチャンスになりやすいです。

掃除をすると、物が出ていることは掃除が面倒だと感じられて片付けやる気が出ます。

部屋の主より、家族のうちで最も本気になりやすい人が本気になると、家族皆が影響を受けて行動にうつしだせるかもしれません。

このブログをここまで読んでくださった貴方が一番本気になりやすいかも?

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。!(^^)!

ゴミ処理料金が3倍になっていた。

義父の入院中に『片付け大会』が開催されました。

 

義母から入院中の義父に話はしてもらっていて、説得済み。

家に帰ってきても驚かないように、心の準備はOKのようです。

 

私は義父の部屋を担当し、他の家族はダイニングや外回り等。

 

ダイニングの壁には器用な義父が家族の意見も聞かずに、さっさと棚を作り壁という壁に何の許可なく取り付けていました。

義母が仕事から帰ったら取り付けられていたパターン。

家族はみんな檻みたいで嫌だと不満でした。

その棚には何故か空き瓶が飾られていたり、調味料が置かれていました。猫がいて掃除が大変なのに凹凸面が多いのです。

義父以外の家族全員、棚不要!と思っていました。

 

その気持ちを伝えても、聞こえているのか聞こえていないのか義父は無視していました。

聞こえていない可能性も大きいし、聞こえているのに無視している可能性も大きいです。

 

家の名義は代表者として義父にしてあるだけのこと。

様々な面倒臭さを考慮して名義を分けずに代表者にしただけのことなのに、

義父は何か勘違いをしてそうでした。

 

義理の実家は「俺の家だ!」感が強そうですが、

正確には「俺たちの家です!」

義父と義母の家です。

 

お義母さんがやる気があるなら私はとことん応援します。


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要らない棚を処分しに行ったら、料金が3倍になっていました。処分場には義母が車で4回行きました。元気な70代で良かったです。処分費用は約6,000円かかりました。

 

今後もっと上がる可能性もあると思います。

 

ため込んでいる暇はない。ゆとりもない。

いつかは誰かが処分するもの。

今、要らない物はどんどん処分してしまいましょう。

歳を取ってからでは大変です。

 

 

 

義父の居ぬ間に

義父にはなかなか話が通じない。

入院中の今がチャンスとせっせと片付け&掃除をしています。

 

ベッドの下には

 

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耐用年数がとっくに過ぎているスキーブーツがありましたよ。

YAMAHAだよ。

昔過ぎる。

 

虫嫌いな人はここでさよならです。

虫画像載せます。

 


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ブーツのうち側、ヒメマルカツオブシムシ。

 

ベッドの下の畳にも
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虫も淡々と処理する嫁で良かったな!

 

開かずの押し入れの中のスーツ


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虫食いだらけ。

 

防虫カバーしていても、何年も放置じゃこうなるんだよ。

あーーー

ふーーーー

もーー

ヒ~

作業中、こんな風な言葉しかでてきません

身内の片付けは、普段からよく知っているために様々な感情が湧きがちですが、

こういう時は「無」になって作業します。

 

仕方なかったように思うけど、やはり溜めると大変ですね。

 

今日もがんばります。(^_^)/~

糖尿病の教育入院

義父が糖尿病の教育入院をしまして、2週間くらい家にいない予定です。

 

義理の弟から声が掛かりまして、義父の居ぬ間に掃除をすることになりました。

お義母さん了承のもと、初めて義父の部屋に入りました。

いやー

片付けの仕事をしてますが、一瞬フリーズするときがあります。


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おとーさん もー終わってるよ。

 

みなさんのお家の防虫剤はおわっていませんか?

 

全ての造り付け収納が手前に詰まれた段ボール箱などで開かず、機能してない。

押し入れの中を覗けば空間があるではないか!?

 

これなら捨てずに片付けられそうだ。

 

私にも仕事があるし、なかなか残り日数がない(^_^;)。

 

お義父さんが自分で、片付けやすいように押し入れが開くようにしてきます。

 

加油(じゃーよー 中国語で頑張れの意味)!

 

では

行ってきます!😊

みなさんもよい一日を💕

夫のせいだと思っていたけど、私の性格と過去の影響で片付けられなかった

 

私が囚われていた「しなきゃ」は、子供の前で夫婦喧嘩しないようにしなきゃ、かな?

 

かつて片づかない理由は全て夫のせいだと思っていました。
夫の持ち物が多いから。

マニアックな夫の趣味の所有物は話を聞かないと何の部品だか分からず分類さえできない。

夫の所有物以外はどうしたらよいか分かるけど、彼の持ち物に関してはサッパリ分からない。

だから夫のせいで片付けられないと思っていました。

 

でも、原因はそれだけではなくて私のせいでもありました。

私の子どものころからの考え方の癖、性格に問題がありました。

前回書いたのを読んでいただけると分かりやすいのですが、

私はこんな風に育ったもので……。↓

tryeverything.hatenablog.jp

子どもと遊んであげてほしいというよりは、話を聴いてあげてほしいかもしれません。

 

私は父とは違うタイプの人を夫として選んだつもりだったのです。

片付けは苦手だけど、料理や洗濯はする。

お酒を飲まない。(飲めない)

父ほどには男尊女卑ではない。

色んなところへ出かける。(子供をどこかへ連れて行ってくれそう)

ギャンブルしない。

 

ところが、

自由人っぷりは同じだった。

私を放置しすぎなところは全く同じだった。((笑)

 

こういうのを、心理学では

トラウマの再演と言うらしいですよ。よかったら調べてみてください。

トラウマの再演は、無力感から逃れ、自ら状況をコントロールできる感覚を得るための対処法ともいえるようです。

災害や大きな事件とか事故とかだけではなく、機能不全家族だったりいろんなケースでトラウマになることがあるようです。

 

私の場合、問題なのは自分がまたもや「夫は仕事で疲れているのでしょ 仕方ないね、どーぞ 発散してきてください」マインドがあったこと。

対象が父から夫に変わっただけ。本当に再演だわ (笑)。

父に対しての「休みの日はパチンコ行っていいよ」が、夫に対しての「大自然の中に行ってきていいよ」に変わっただけ。

 

病気になられるよりマシ!

趣味で回避できるのならその方がマシ。

そう思っていました。

だから、すぐどっか行っちゃうのよね。

それにね、

私って夫に構ってもらわなくても楽しく過ごせる力が付いちゃってる!

結構 一人時間好き。

中島みゆきの歌じゃないけど「ひとり上手」(謎)

これも私が子供時代に身に着けた能力。

 

子供時代の環境はベースになるらしいですよ。

それが適切だろうと不適切だろうと、子供時代の環境を居心地よく感じてしまうところが人にはあるというのをどこかで聞いたことがあるような。

(だからこそ 私は今のお仕事をしているのだと思います。)

 

「ほどよく距離をとりなさい」

なんていう本もあるくらいだけど、距離感って本当に難しい。

適度な距離感は夫婦によって違うでしょう?。

 

自分で言うのも難ですが、基本の性格は恐らく優しいのです。

他人の大変さが分かる。

そして他人を優先してあげるところがあるのです。

どーぞどーぞって。

でも、優しすぎは他人にも自分にも実は優しくないのです。

他人のためにもならないし、自分のためにもならない。

一見、他人を優先しているようにみえるけど、私自身が夫からの愛情を?受け取り拒否していたのかもしれません。

「求めよ、さらば与えられん」と言いますよね?

求めてないから与えられるわけがなかったのかもしれません。

育ち方により、気にかけてもらうのを求めていなかったのかもしれません。

傷つきたくなかったからかな。

求めて拒否されるよりは求めない方がいいと思っていたかもしれません。

傷つかないようにするための自己防衛手段だったのかも。

でもあまりにも気にかけてもらえず揉めたのですが(笑)。

 

コロナ禍になってから夫の仕事が大変なのが、簡単に想像できました。

いつも、ものすごく疲れて帰ってきます。

そして、今は話しかけたら可哀そう。

休日は息抜きは必要だろうと思いやり、タイミングを見計らっていたらどんどん遅くなりました。

私は自己主張も勿論します。

自分の要求を伝えられます。伝えています。

でも、きっと主張が弱かった。

我が夫には特に強めに主張しないと響かないのでした。

 

それと、私の主張が控えめだったのは「夫と喧嘩をしたくなかったから」

「嫌な空気にしたくなかったから」。

4歳くらいの時に両親が喧嘩をしていて、離婚したらどちらに着いていきたいか聞かれて困り大泣きしたことをよく覚えています。私が10代のころには「離婚したら?」なんて自分から親に伝えたこともあったかと思いますが。

両親の喧嘩で、子どもの私は嫌な気持ちだったのです。

だから、子どもの前で喧嘩をしたくありませんでした。

だから、なるべく夫にゆとりがある時に話したいと思っていました。

でも、大体いつも疲れているオーラなので話す機会が見つかりませんでした。

 

結局、喧嘩しないように避けていても、夫婦としては、関係が改善することはないですね。

 

もっと気持ちを伝えあわなくては!

私がこれからどう過ごしたいか、どういう夫婦になりたいか、なれなさそうなら解消するか、どうしたいのかをよりハッキリさせる必要がありました。要求を書いてまとめていました。(笑)

 

子どもの頃は、自分で稼げなかったから親の顔色を見て生きていく必要があったけれど、今はもう自立できる。

夫の顔色なんて見なくていいんだ。(見るけど 思いやり過ぎる必要なし)

コロナ禍で大変なのは夫だけじゃないんだ。

私も、子どもも、世間の皆さんも皆大変なのです。

私はもっと要求していい。

自分の人生は自分で楽しくしないといけない。

したいようにする。

私は夫を思いやっているが、夫はどうか。

私の気持ちに寄り添おうとしない夫は必要ないかもな~。

と思うようになりました。

先ず自分がどう暮らしていきたいか、何が嫌か、それをハッキリさせておくのが大事だと改めて感じました。

 

多分、読者の方にも

パートナーと揉めたくないがために距離を取ったり、話し合わなかったりしている人がいると思います。

でも、話し合いを避けていても関係が改善することはないです、きっと。

話さないでいると、喧嘩にならないどころか、どんどん気持ちが離れていきます。((笑)。むしろ逆効果。

会話って大事です。😊 ←だからこそ、子どもが小さいころから関わって話を聴いてあげてほしいです。

 

片付けに真剣に向き合っていると、自分がどのように暮らしていきたいか、

何が弊害になっているか、

何に対して恐れがあるのか、

それは本当に恐れる必要のあることなのか、

色々と考えることになる場合もあります。

時には、成育歴やトラウマと向き合うことになり苦しむこともあるかもしれません。

でも、それはきっとココカラの人生をよくするために必要な苦しみだったのでしょう。

(自分に言い聞かせています((笑))

片付けはこれからの人生に向き合うのに必須です。

 

なんだかまだうまく纏めて書けていなくてすみませんな状態ですが、

あまりにも更新されないと存在を忘れられてしまうので、更新します。

 

私に片付けの申し込みができる貴方は既に大人の方です。

どのように暮らしていきたいかは貴方が決められます。

遠慮しないで、どんどん希望を叶えてほしいです。

そのためのお手伝いがしたくて、片付けの仕事をしています。

よかったら理想の暮らしをお聞かせください。

 

子どもと遊んであげてほしい理由

私の父。

子育てと家事を全然しない人でした。

寡黙で話も全然しませんでした。

私が大人になって、私から話すようになれば会話は増えましたが‥‥‥。

 

なぜ、そんな人なのかと言うと、父が私の祖父とおそらく情緒的な?コミュニケーションを取ってこなかったからです。

私の祖父は酒を飲むと、祖母に暴力を振るう人だったようです。

うろ覚えですが私が祖母から聞いた話では、戦争中に将校?上官にあたる人?がキツくて祖母に八つ当たりしたとか???(でも父は戦後生まれだなあ)

酒乱で、危ないから? 教育上よろしくないから?父は近くにある祖母の実家に預けられていたそうです。小学生くらいの時に当たり前のように私の曾祖父宅に帰る息子(私の父)にお前の家はここだよ、と呼び戻したとか。(^_^;)

父は私の祖父とたぶん全然、話をしていないのだと思います。

父は高校卒業後、有名企業に就職し東京だか神奈川に出てきました。

普通なら長男が家に残るものだろうに、なぜ父は出てきたのか、私は自分が大人になってから疑問に思い、父に聞いたところ、やはり私の祖父がDVをする人だったから。夫婦喧嘩というよりDV野郎だったからみたいです。

父の弟が成長して強くなり、私の祖父より強くなってからは、爺さんは暴力的ではなくなったとか。

まるで猿山の世代交代?(笑)

私にとっては全く害のない祖父でした。

可もなく不可もなし。

 

こういう背景を知ると、なるほどね。

自分が父親との交流が全然なかったから、

子どもの私ともどう関わってよいか分からなかったのね。と、納得というか腑に落ちるところがあります。

 

父が身体的なDVを母にしなかった点では、連鎖を絶つことができてよかったとは思います。

 

こういう話を聞いたのは私がある程度大きくなってからです。

 

私が子どもの時に父と母はよく喧嘩をしていました。

母「子どもと少しは遊びなさいよ」

 「何か話したりしなくてよい。車に乗ってドライブでもいい」

 「今しなきゃ後悔するよ」「大きくなってからでは遅い」

父「親はなくとも子は育つ」

 

自分の親が子供のこと(私のことで)喧嘩をしているのです。

 

母は、「お父さんは仕事で疲れていて、休みたいみたい」と私に伝えました。

 

親の喧嘩が辛い私、優しい気持ちのある私は「大丈夫です。私のことで喧嘩しないでください。私は近所の友達と遊びます。友達が不在のときは、虫を観察したり、蝶々を追いかけたり、引出しの中を整理したり色々と一人でも楽しめますので、たまの休みくらい休んでください。」と心から思っていました。

 

こうして私は一人で楽しめる性格?になりました。(実際、自然環境は良いし、ご近所さんはよい人たちばかりで特に寂しいと感じたことはなかったかもしれません)

ただ、よそのお家と比較して我が父親はあまりおもしろくないなあとは思ってました。父に性格変わってほしいとか遊んでもらいたいとかは思いませんでした。

近所の友達のお父さんとバレーボールしたりバドミントンをしたり、友達の家族が海や教会に行くときに私も連れて行ってもらえたり、別にどこの家庭に生まれても私は楽しく暮らせたなと思っていました。

 

父が遊んでくれなくても、なんとなく愛情は感じていたし、私は誰かに遊んでもらえなくても楽しめるので全く問題はありませんでした。

 

ところがです。

 

自分が、出産をし我が娘をかわいいと思えば思うほど、父のことを疑問に思いました。

子どもって、こんなにかわいいのに、なぜ関わらなかった!?

なぜ家のパソコンでゲームをずっとしたり、パチンコに行ってりばかりで何故、全然関わらなかった? 

 

愛されていなかった疑惑が出産後に出ました。

 

そんな過去のこと振り返っても仕方ないのですが、父のバックグラウンドを知っていても理解に苦しいところがありました。

本当に忙しいわけじゃなく、自分のことばかりしていたな〜と。

 

子育て中の日々は忙しく飛ぶように過ぎていくのですが、ふとした時に「なんでなんだ?」と思うのです。仕事で不在とか死別とかではなく、休日に家にいるのに関わらない不思議。愛されていなかったのかもという疑惑は地味に痛い感じがありました。

 

理解不能だけど、まあ健康で大きくしてくれただけでいいやと思いながら私は暮らしました。

 

父が癌で亡くなる直前に、振り返ってみても父との思い出が全然ないような気がして、ふと「こんなことならもっと遊んでおけばよかった」と思いました。

ずっと頭にあった疑問「なんで子供のころに遊んでくれなかったの?」と私は父に言いました。父は癌で亡くなる直前、苦しくて身の置き所がないような状況の時にもかかわらずです‥‥‥。

 

父は「ゆとりがなかった」と答えました。

そして「思い出して」と言いました。

 

思い出してと言われたら、一瞬で確かに少しは遊んでもらったことを思い出しました。

オセロしたりゲームを一緒にしたり、箱根にドライブしたり、関わった時間や回数は少ないけど色々関わってくれたことを思い出しました。

 

亡くなる前に疑問に思っていたことを聞けて、私はよかったですが、父は何を思いながら逝ったのでしょう。

もしかしたら後悔しながら去ったかもしれません。

死人に口無しなので、後悔したかどうか確認は勿論できません。

 

一見、片付けとは全く関係ないことを書いているように見えますが、実はこんな育ち方は我が夫と私の関係に凄く関係していたことに気が付きました。

続く。

(続きはこちら↓)

tryeverything.hatenablog.jp